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僕は今夜、君に物語を捧げたいと想います……真っ白い冬に咲く花のような、ただ美しいだけの物語を。

なぜなら……今、これを読む君や僕が、もしも悲しみのいっぱいに詰まった海を漂っていたとしても、あるいは小さな部屋の窓を見上げる毎日に疲れ果てていたとしても……

失ったものを数える憂鬱な日々の、その重苦しい呪いをどうにか土に還し、ふたたび清貧で静かな森へと戻すための、それが僕らに出来る最も優れた方法なのだから。

さぁ、まずはどこかに腰掛けましょう。

今夜は階段の途中がいいかな……上の階でも下の階でもない場所。永い年月の間には沢山の人達がここを通って昇り降りをし、そのことに想いを馳せると、ちょうど山を登る坂の途中に座っているようで、不思議に心落ち着く場所です。

ちょっと狭くて灯りは薄暗いけれど、今はもう真夜中だから誰も居なくて、とても静かです……。

温かいお茶を飲みましょう。

そう……君が生まれたのは、星の降る朝。

それは、たとえ目を閉じても目蓋の裏が赤く染まるような、眩しいほどに輝く朝です。

少し湿った空気に光が射して、近くには鳥のさえずりが聴こえます、素敵な日ですね。

君はすぐに自分の足で立ち上がります。美しい色や香りや音を感じ、学ぶことを始めるのです。

その時の君は、まだ何も知らず、ただ森の入口を眺めているだけの小さな存在でした。

ちょうど世界をはじめて目にした雨蛙のような、あるいは朝もやに煙る野原に飛び立つミツバチのようなものです。

その頃の誰も居ない森は、どんな色だったのでしょうね?

赤い土の色、あるいは柔らかい若草色、もしかしたら青く濁った暗い色の森だったかもしれませんね。君はどう想いますか?

何色だったのかな。

やがて君は……まもなく、終わらないパズルを好むようになりました。

パズルは楽しいけれど、繰り返し同じピースを繋ぐのが難しいものですよね。

それぞれはとても似ているけれど、本当は少しづつ色や形が違っていて。

そうして……終わりそうに想えた頃に、また新しいピースがパラパラと雨のように空から降って来たりもするし。

君はいつも、その静かな美しい横顔で、黙々とパズルをしています。

雨の降る日も、風の吹く日も、絶えることなく、たゆまず、たゆまずに……。

そうしてそれは、月日が経った今でも全然変ることがなく、僕にはそれがすごく素敵に想えます。うん。

嗚呼……なんだかやっぱり、少し降ってきたみたいですね……

……雨は、どうですか……好きですか?

僕は結構好きです。

なにより音が心地良いし、雨粒が光を集めてぼんやりと綺麗に見えます。

それに、いずれ美しく晴れるし。

そういえば、この森にも沢山の雨が降る時期がありますね。

他にも色々な季節があって、絶え間なく、繰り返し、繰り返し、巡って来ます。

どんな季節が好きですか?白く静かな冬、オレンジ色に染まる秋?そうそう、一番新しい夏はどうでしたか?

青い空にかかる白い雲は、いつも通りに切なく美しかったかな……

季節が巡れば、君の森もどんどん大きくなります。もう、今では何処にどんな生き物がいるのか、どんな場所があるのか、すっかり解らないほどですね。

川の流れも豊かです、ゆったりとしていて。深くて。

澄んだ川の流れをじっと眺めていると、つい、あの暗く美しい深淵に落ちたら……という想像をして、そのまま呑みこまれてしまいそうな、凄く恐ろしい気持ちにはなりませんか?

息も出来ず、音の無い水底の闇で声も出せず……

以前の、僕は……本当に淵に呑まれる寸前でした。

大きな岩に鈍くコメカミをぶつけ、目の前の世界がぐらぐら揺れるのをはっきりと見ました。

その時に僕は……世界は外側ではなく、僕ら自身の内側にあることを学んだのです。

君はすぐに勇気を出して、その手を差し伸べてくれましたね。

沈み行く僕から目を逸らすことなく、諦めず、泳ぎ方を教えてくれました。

おかげで僕は、大切なものを失わずに済みました。感謝しています……いつも、心からありがとう。

そう……今想えば、出逢った日の僕は、本当に醜く薄汚れた虫や鳥でした。

いつもたった一人で、耳鳴りのする丘に佇んでいたと想います。

あの時は素直に言えずに……ごめんなさい。確かに、荒々しく乾いた風が吹いていました。それは不吉に冷たくて、僕の耳だけが赤く染まっていたのを憶えています。

その時の君は魚。本当はとても強く美しいのだけれど、それに気付かないまま、小さな姿のままで透明な水を泳ぐ魚。

花のような道を歩く君は、どうして僕を見つけることが出来たのでしょうね……今でも、不思議です。

あ、なんだか可愛いポタルが飛んできましたね、外の雨から逃げてきたのかな……。

ここの灯りはぼんやりと薄暗いけれど、それでも少しは美しく見えるのかもしれませんね。

彼に邪魔をされる前に、残りのお茶を飲んでしまいましょうか……

それから……そう、二人は眠れない夜を使って、僕らのための絵本を作り始めました。

心のまま、悲しみのままに、時に笑い、歌い、励まし合って、ようやく絵本を作ることにしたのです。

夢中で何かを作っていると、本当に次々と季節が流れて行くものですね。

本の中にも色々なものが登場しました……青紫色の大きな蝶、赤いくちばしの小さな鳥、黒く光る美しい虫や、それから茶色いヘビや碧色のカメも居ました。

みんな憶えていますか?

あ、黒く光る虫は今でも居ますね、今頃は透明な箱の奥で静かな夢を見ている。そうそう、忘れてはいけない赤いヒレの魚たちも元気です。

ところで、どうして……君が世話をする生き物たちは、みんな長生きするのかな……僕には、それがまるで魔法のように感じられます。

たとえば片足を失った鳥でも、大きな怪我や病気を負った魚でも、もうとっくに季節を過ぎてしまった小さな虫でも、草や花でも……ほかにも沢山。

凄く美しいことです。

……それから、永い時間や苦痛と引き換えに、僕は愛を、君は自由を、お互いに学びました。

嗚呼もしも、もう一度耳鳴りのする丘に立った僕らは、何を想い、何を見るのだろうな。

あるいは、森の出口は見つかるのでしょうかね。

この花が咲くまでに、僕らはいったい幾つの物語を作ることが出来るのだろう……なんだか、今夜はとても優しい風が吹いていますね。

明日は晴れるかな……では、……そろそろ、また明日。

追伸、朝になったら、僕は君のためにトーストを作りたいと想います。

そうすれば君は、いつもより少しだけ多めに、オレンジ色の果物を採ることが出来ると想うから……そう、僕らはトーストの上で。

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