周囲の人々は、【最初からそんな子は居なかった】と言いました。
あるいは、子供の頃にだけ見える【空想の友達】だと言う人もおりました。
……大人になると、忘れてしまう運命なのだと。
皆さんの周りには、そんな存在の子は居ませんでしたか?
もしかしたら、忘れてしまったのではないでしょうか?
よくあることです……
少し怖いことなのかもしれません。
楽しいお話を好きなら【タミンカの物語】をお勧めしますが……
もしよかったら聴いてやって下さい。
そう……その頃の僕らは、とにかくいつも外で遊んでおりました。
特に、大人の目の届かない野山や湖の探検は大人気でした。
警察と泥棒に分かれて遊ぶケイドロ、鬼ごっこや、かくれんぼも好きでした。
その日僕らが居たのは、眠(ねむ)の木の花咲く美しい森の中です……
その小柄で大人しい少年は、勉強があまり好きではなく、かといってスポーツが得意な方でもありませんでした。
特に悪いことをするタイプでも、夢に向かって突き進むタイプでもなく、平凡な暮らしの中で日々に満足しながら、ささやかに過ごしている印象の子でした。
1、2、3……
森の奥から、聴き慣れた友の声が聴こえます。
そんなに遠くまでは逃げません、その方が絶妙に楽しいし、鬼ごっこには少しだけ自信があるのです。
木陰に隠れてじっと身を潜めると、踏みしめた足元から草葉の湿った匂いが漂い、立ち上ります。
周囲の気配に耳を澄ますと、鳥の声に混じっていつの間にか蝉が鳴き始めたことに気がつきました。
そうか……とうとう、夏が来たのです。
もう木には樹液が出て、すでにクワガタやカブトムシが居るかもしれません……すると、スズメバチにも注意が必要になります。
緑に覆われた地面には、サワサワと木漏れ日が揺れ、枝の隙間から覗く青空には、白く眩しい雲がモクモクと湧き上がりました。
何処からかふっと風が吹いて、汗ばんだ頬や首筋を撫でながら、サラリと優しく乾かしてくれます。
なんとも言えない心地良さに、心臓の鼓動までが聴こえるようでした。
嗚呼……気持ちが良いな……
遠い日の夢のような、どこか別の世界で経験した記憶のような、不思議な時間が流れ始めました……
あっ……
その時、鬼が肩を掴みました……全くすっかり油断しておりました。
慌てて振り向くと、そこに立っていたのは、まるで僕らが大好きなハンミョウという美しい虫を想わせる不思議な印象の少女でした。
嗚呼、想えばいつだってそんなものだったのです。
自転車で転びそうな瞬間、池に落ちる間際、大切な誰かにうっかり心にもないことを口走ってしまう寸前の、あの感じ。
その瞬間も、つい、それを願ってしまったのです……ずっとこの季節の中に居られたら良いのに……
少年の名は、バラード君。
その日以来、彼はたった一人で永遠の夏休みに閉じ込められ、今も彷徨い、歩き続けております。
けれど、毎年この時期、蝉の鳴き始める頃だけはみんなが森へ帰って来るので、一緒に遊ぶことが許されています。
それが、僕らにかけられた呪いです……
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