その昔、ジュースや牛乳、洗剤や薬がみんなガラス瓶で売られていた頃のことです。
ちびっ子ドングリ団では、学校が終わると同時に湖へ向かい、空き瓶を拾い集めることが流行っておりました。
ルールは簡単、みんなで全力を出したらいったい何種類集められるのか、です。
始まったきっかけは謎ですが……少年達のブームというのは、そんなものだと想います。
青い瓶、赤い瓶、緑、黄色、茶色、三角、星形、丸やひょうたん、変な文字や人魚の飾りがあるもの。
レアものを見つけると、その瞬間みんなの称賛を浴びてヒーローになれるのです。
集めたコレクションは泥棒沼まで持って行き、ずらりと並べて飾りました。
そうしてしばらく熱中し、二百本以上のコレクションが揃った頃、その遊びは新展開を見せました……
ある日ふと目をやったピンクの香水瓶の中で、メランコルナという珍しいクモが美しい巣を作っていたのです。
『綺麗だな。』
『うん、なんか格好良いね。』
『集めようか?』
『よし、やろう!!』
そんな訳で僕らは、今度はクモ集めに走り出しました。
空き瓶ブームが一転、クモランドの建設計画へと進化したのです。
小さな瓶にはチビクモ、大きな瓶にはジャンボ、黄色瓶には毒のヤツ……
捕まえた獲物は片っ端から瓶に入れておくだけで、おおよそ次の日には見事な巣を作りました。
たまには凶暴なヤツに噛まれることもありましたが、そんなことはお構いなしです。
すごくワクワクし、毎日絶好調に盛り上がりました。
しかし、その素晴らしくも馬鹿げた計画は、丁度半分ほどの瓶が埋まった頃に奇妙な問題が起きて、大きな壁にぶつかりました。
ある日突然……クモたちが一匹残らず何処かへ消え去ってしまったのです。
すぐに付近を捜索した僕らは、それは脱走した訳ではなく『泥棒に盗まれた……それか、何かに食べられたんだ……』と推理しました。
その証拠は、現場に残された不自然な燃えカスや、それまでには見たこともなかった尖った足跡です。
くよくよしても仕方がないので、とにかく気を取り直し、また改めて最初から頑張りましたが、三日後には全く同じことが繰り返されました。
当然、コレクションの場所も変えましたが、不思議なことに毎回途中でクモが忽然と姿を消してしまうのです。
ヌガーポップという魔女を見かけたという噂もあり、何度か犯人を見つけるために恐る恐るフラミンゴの塔に上って張り込みもしましたが、結局誰も現れず、夢の計画は完全に行き詰まってしまいました。
森には、花の降る風、タミンカの吹き始める季節が訪れておりました。
手詰まりになった僕らは、ある時、ふと思い立って一人の少年の兄であるアニーに相談してみました。
『犯人を捕まえる方法か、それか、クモを一気に捕まえる方法って無いですか?』
『クモの湧く森、行ってみな。』
その賢者は、いとも簡単に、そしていかにも面倒そうにその素晴らしい知恵を授けてくれました。
場所を説明しながら鉛筆で、さらさらとシンプルな……と言うよりも雑な地図も描いてくれたのです。
『ザザラとかには、気をつけろよ。』
『はい!ありがとうございました!!』
そうして僕らは早速次の土曜日、カケス屋のパンを買って水筒と虫カゴを携え、クモの湧く森を目指しました。
……西へ向かうぞ、ゴーゴーウェスト♪……みんなで大好きな歌を歌いながら……
バスと歩きと自転車でかなり長い時間がかかりましたが、教えてもらった地図にある滝を目印に進むと、その場所は一目ですぐに分かりました。
『うわぁ……』
『何これ……』
『雲だな……』
なんとそこは、想像していた蜘蛛の巣だらけの場所ではなく、空に浮かぶ、そう……あの白い雲がモクモクと生まれ、絶え間なく湧き出す森だったのです。
『凄いね……』
『うん……』
全員一瞬絶句し、一斉に大はしゃぎとなりました。
……アニーの素敵な勘違いか、あるいは冗談でからかったのかは定かではありません。
しかし、そこらじゅうを満たすフワフワ雲にジャンプして飛び乗った僕らは、全ての荷物を投げ出して転げ回り、やがてしまいにはシャツまで脱ぎ捨て、ヒゲダンスを踊っては涙が出るまで大笑いしたのです。
とことん気が済むまで遊び続け、へとへとに満足した帰り道の、タミンカの吹く木陰で食べたマッシュポテトのパンは心が震えるほどに美味しくて、
あれはきっと、大人になった今では二度と味わえない森の魔法だった……と想うのです。
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森には、花の降る風、タミンカの吹き始める季節が訪れておりました。