その大きな魚は、透明な湧き水の中に棲んでおりました。
サラサラと踊る砂から冷たく澄んだ水の湧き出す泉の中で、じっと静かに待ち続け、ポトリと水面に落ちた木の実や虫を食べます。
そうしてたった一人、誰も居ない狭い泉の中で百年を生きておりました。
……ある夏の午後のことです……
泉の畔に知恵の鳥が現れ、こう告げました。
『白蛇が来てコドクを食べれば、自由になれます。』
魚は、考え続けました……
そして、それからまた永い百年が過ぎました。
……やがてまた巡り来た夏の逢魔が時……
鳥の言っていた通り、泉にウラと名乗る白蛇が現れました。
『二百年前、あなたをここに閉じ込めたのは私です……この身を食べてその呪いを解きなさい。』
しかし魚は、鳥が残した言葉を忘れておりませんでしたので、水面を泳ぐ蛇を決して食べようとはしませんでした。
すると、蛇はこう続けました。
『では、あなたに美しい名前を贈りましょう……ヤトギリかヤタヌシ、どちらかを選びなさい。』
そうしてその時に魚は、迷うことなくヤタヌシという名前を貰いました。
そんな出来事があってからというもの……カギロイの森が現れる夏の時期になると、時折、森を自由に泳ぎ回る美しいヤタヌシの姿が見られるようになりました。
……遠い昔の、お話です。
そうそう……これは、古い森の言い伝えです。
森で美しい蛇に出逢った時には、『ウラノネフリノミナメサメナミノリフネノラウ』とつぶやくと、不思議な出来事が起こるそうです。
ウラノ、ネフリノ、ミナメサメ……
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