モリトは、僕らの小学校の近くに棲んでいた怪物です。
ボロボロの服に目は黄ばんで濁り、口は大きく歯はギザギザで、いびつに捻じ曲がってとても恐ろしい形相をしておりました。
酒を呑んで酔っ払っては人を脅かし、学校には帰り道にランドセルやカバンを隠されたり、モノやお金を盗られた子供もおりました。
そんな訳で、街の皆はその怪物を忌み嫌っておりましたが、人によっては自分たちが必要な時にだけ、怪物を家に呼んで仕事をさせる大人もありました。
それが、モリトの日です。
けれど、その家の子もまた恐ろしくて近寄れず、大人たちもそう望んだため、その仕事については僕ら子供は誰も知りませんでした。
ただ、爺さんが彼と仲良しだったこともあり、実を言うと僕らは怪物のことが本当は嫌いではありませんでした。
それどころか僕らは、夏休みの市民プールの帰り道などにこっそりと彼の住む家に遊びに行って、色々な話を聴くことを密かな楽しみにしていたのです。
それが、僕らにとっての『モリトの日』です。
街の片隅、茶色く錆びた手すりと奇妙な草の生えた石段を昇った丘にある、日当たりの良い赤い屋根が彼の住まいでした。
彼はいつも、酔っ払ってニコニコしながら、呂律の回らない口調で歓迎してくれました。
そうして、僕らは決まって木漏れ日の心地良いテーブルに並んで座り、赤く染まって饒舌な彼から色々な話を聴いたのです。
サンヤの話、鉄の話、それから大砲の話。
ぶどう酒や、焚火とふんどしの話。
ピストルや、人殺しの話もありました。
大きな船の話、ジャングルの話、ヘビやカエルの話。毒を持つ花の話。黒蜜で作ったパンの話。
それらはもう、僕らにとってワクワクするものばかりで、驚きのあまり作り話や嘘を疑うと、不思議で怪しげな証拠まで見せてより一層ドキドキさせてくれました。
特に、黒蜜パンはすごく甘く美味で、そういうもの一つ一つ全部が僕らの宝物となったのです。
ところがある冬、街に一つの事件が起きて、モリトの怪物は突然居なくなってしまいました。
学校の帰り道に、一人の子供が雪に呑まれたまま姿を消してしまい、それが彼の仕業とされました。
爺さんはそのことについて、そういう奇妙な事件はモリトを犯人とするのが昔ながらの習慣で、そのせいで彼も生まれたと教えてくれました。
今想えばもしかすると、怪物が僕らを可愛がってくれたのは、そういったことに詳しかった爺さんが彼にとても親切で、いつもお酒を振舞っていたお陰かもしれません。
あるいは……遠い記憶です。
僕は今でも、この街をよく歩きます……けれども、あの日当たりの良い家は、もう何処にもありません。
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