古い木造校舎というものをご存知ですか?
その片隅にある誰も居ない図書室、あるいは路地裏にひっそりと佇む蔦の絡まった倉庫のような、すごく小さな図書館を想像してみて下さい。
ムカシギ山文庫は、そういう所です。
木の下駄箱とカタンと鳴る踏み台のある玄関で靴を脱ぎ、中に入ります。
部屋の奥には、高跳びの棒やハシゴ、外された黒板や折り紙や絵画なども無造作に置かれ、本箱にある本は、いつもたった10冊ほど。
しかし不満に感じたことはありません、必要なものはいつもその中にありました……
僕はその日、タイトルに惹かれて『煙のように消えた』という一冊を借りることにしました。
手提げバッグに本を入れて再び靴を履き直すと、昼下がりだった野原はもうすっかり日暮れて、外の地面には黄色い銀杏がぼんやりと光っておりました。
……帰り道……
教会通りを抜けて横丁に入ると、電燈の下に不自然に目立つ金髪のカツラを被った少年が佇んでおりました。
なんだか怖くて目を合わさずに通り過ぎようとすると、その少年は何かを言いかけて止め、ニヤリと笑いながら突然煙のようにフッと消えてしまいました。
跡には、真っ赤な口紅だけがコロンと残されました。
……嗚呼、人はいつか煙のように消えるんだ……
僕は何故か、漠然と、しかし石のように確信しました。
それから所々おかしな文字の看板が目に入ったことで、嗚呼、これは現実ではないんだ。とも想いました。
落ちていた口紅がカタカタ転がり出したのを目で追うと、それはスッと浮き立って道路に真っ赤な点線を引き始めました。
……僕の家……
その点線に沿って歩いて行くと、自分の家の前まで辿り着きました。
しかし玄関を開けて中へ入ろうとすると、今度は家そのものが、またもや煙のようにフッと消えてしまいました。
寒い道を歩き疲れていた僕は、その場にしゃがみ込んでふてくされ、冷えた土の上に丸まって眠ってしまうことにしました。
……夢の中の夢……
夢の中で目を醒ますと、鼻の先に赤い点線が見えました。
同時に、それを追って遠くの方から誰かが歩いて来る足音も感じました。
目を凝らしてよく見極めると、それは先程消えてしまった少年でした。
……そうか、今度は僕が消えるんだ……
咄嗟にそう感じました。
目の前に立った彼はしきりに何かを喋っておりましたが、まるでそれは聴こえず、なので僕は仕方なくニヤリと笑うことにしました。
……目が醒めました……
気がつくと、本を持ってムカシギ山文庫の前にぼんやりと佇んでおりました。
中に入るとそこは不思議に温かく、ほんのりと甘く柔らかい木の匂いがします。
やはり素敵な場所です。
本箱に本を戻すと、まるで煙のようにフッと何かが消えました……
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